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現代社会において、車は移動や物流に欠かせない存在となっています。車線逸脱警報機能や衝突被害軽減ブレーキなどの安全対策が施され、車は以前よりもより安全な乗り物になっています。しかし、操作ミスによる痛ましい事故は今も頻繁に発生しています。また、旅客や物流の業界では、働き手人口の減少による運転手不足が大きな問題となっています。地方では、住民が減った地域の不採算バス路線が廃止となり、車の運転を辞めた高齢者が移動手段を失い孤立する事態も発生しています。このような背景を受け、人や障害物をより高度に検知する安全技術や、人工知能(AI)を用いた自動運転技術のニーズが今急速に拡大しています。
ステレオカメラとは、左右に並べられた2台のカメラの見え方の差を利用して、前方の対象物を立体的に捉えるカメラのことです。これにより、人の目と同じように、形や大きさ、対象物までの距離を正確に検知することができます。
バリエーション豊かなリコーのステレオカメラ
ステレオカメラは、画像を撮影する2台のカメラと、画像を解析する画像処理装置で構成されています。そのため、レンズをはじめとする光学技術、レンズを正確に位置合わせする機械技術、過酷な環境でも正確に駆動させる電気技術など、さまざまな技術のすり合わせを必要とします。リコーは、長年複写機やカメラの開発で培ってきた光学、機械、電気、画像処理といった幅広い分野で多くの知見と技術を蓄積してきました。単独の技術では解決が困難な課題も、それぞれの技術が相互に関係し合うことで解決が可能となります。これにより、人の命を預かるという、ミスが許されない車の安全性を確保する製品においても高い性能と安定性を実現しています。
ステレオカメラで距離測定の正確性を高めるためには、一般的に2つのカメラの間隔を広くとる必要があります。そうすることによって必然的にサイズが大きくなるため、車への搭載においては小型化という課題が存在していました。リコーでは、独自の光学設計技術、各種キャリブレーション技術、リアルタイム画像処理技術などの活用により、世界最小*(左右カメラの間隔80mm)の車載用ステレオカメラの開発、量産に成功しています。
*2017年4月時点、リコー調べ
世界最小、車載用ステレオカメラ
「リコーは画像処理だけではなく、光学の技術を持っています。ステレオカメラと言えば、世の中では画像処理が注目されがちなのですが、距離を正確に出すにはカメラレンズ側に重要な条件があります。レンズはどうしても端の映像がゆがみやすいのですが、四角いものが正しく真四角に写るような精度の高い画像になっていることが重要です。それと同時に、二つのカメラがまっすぐ同じ方向を向いていることも重要です。」と、リコー研究開発本部 リコーICT研究所の安部は話します。
「レンズもカメラも自社で製作するリコーでは、レンズの特性を熟知した上で、画像処理の仕様を決めているため、測定精度が非常に高いというのが大きな特徴です。また、リアルタイムで処理することが、車の安心、安全、今後の自動運転などで求められます。距離の精度とともにリアルタイム性を高めるため、画像処理のアルゴリズムはステレオカメラのハードウェア内に組み込みました。」
リコー研究開発本部 リコーICT研究所の安部
世界最小の車載用ステレオカメラの開発には、創業当時から長く培われてきた、リコーの持つ多くの技術の融合が必要でした。また、そのような状況下で常に価値創出を第一目標に掲げて動く風土も大きな力となっています。
リコー研究開発本部 リコーICT研究所の岸和田
「ステレオカメラを小さくすると、車のフロントガラスの歪みでさえ測定精度に影響してきます。また、人の命に関わるものなので、わずかな画像の汚れも許されません。製造方法についてもさまざまな工夫を施し、品質管理に力をいれています。」と話すのはリコー研究開発本部 リコーICT研究所の岸和田。
車の安全には、車メーカーはもちろん、多方面の企業が関わっています。リコーの世界最小の車載用ステレオカメラは、より安全な車社会をめざし、パートナー(企業)と共に開発がすすめられてきました。
リコーでは、安全な車社会の実現以外にも、ステレオカメラを用いた社会的課題解決に向けた取り組みを行っています。その一例が、車両を走らせて路面を撮影し、路面の状態を計測する「路面性状モニタリングシステム」の開発です。
ステレオカメラを複数台用いた一般車両に搭載可能な撮影システム
高度成長期に多くの道や橋がつくられましたが、そのような社会インフラの老朽化が社会問題となっています。従来、路面状態の検査には大型の専用車両が必要だったため、大型車両が入れない細い生活道路では専用車両を使っての検査ができず、目視で確認するなど、多くの時間とコストがかかっていました。
これに対し、リコーは独自開発のステレオカメラを一般車両に複数台搭載。AIの機械学習によって得たモデルで路面画像を自動判読し、一度の走行・撮影で「ひび割れ」「わだち掘れ量」「平たん性」を計測する、「路面性状モニタリングシステム」を開発しました。これにより、道路の検査にかかる工数を大幅に削減し、必要な機器類の費用も低減することが可能になりました。検査結果を地図上にマッピングすることも可能となり、道路の舗装状態が可視化されます。
一辺50cmのメッシュを自動生成し、ひび割れの本数をAIが自動判別
舗装状態可視化のイメージ
モビリティのもう一つの場は空中です。近年ドローンは、人が近づくのが困難な高所の確認作業や、遠隔地への貨物の輸送など、社会インフラの一部になりつつあります。そのような流れのなか、車と同様にドローンの自動飛行のニーズが高まっています。GPS(全地球測位システム)を使った自動飛行技術はすでにありますが、自動飛行をより広く活用していくためには、施設内や橋の下など非GPS環境下でも安定して飛行する技術や障害物を自動で回避する技術も必要です。リコーは、ドローンに搭載できる、180度の超広角ステレオカメラを開発しました。超広角であるため、飛行中に揺れるドローンでも正確に自分の位置を把握し、障害物を検出することが可能です。また、4Kの高解像度で1,000m遠方の物体もリアルタイムに測距可能な超望遠ステレオカメラを開発しています。遠距離情報の活用が見込まれる航空分野や鉄道分野、遠方をモニタリングする港湾管制のようなアプリケーションにも適応できるようになります。
超望遠ステレオカメラの外観
リコーの持つ多くの技術を融合させて作られたステレオカメラは、進化を続けています。生産ラインに導入されるロボットにもステレオカメラは搭載されています。対象物の形や方向、距離をリアルタイムに高い精度で把握する技術は、人手不足が今後さらに深刻になり、AIが搭載されたロボットの導入が進む製造業、建築業分野において大いに役に立つことでしょう。
安部はこのように話します。「ロボットが人と共存するためにも、人の目と同じように距離を感じることがロボットにも求められてくるのではないでしょうか。人は2つの目で見ていますが、ロボットも最終的に人と同じように2つの目で見るようになってくると考えられます。今後、世の中に欠かせないセンシングアイテムとして、ステレオカメラが位置づけられる時代がくるのではないかと思います。」
世界をデジタル化して立体的にとらえるステレオカメラは、これからもビジネス、そして社会の中に眠っている可能性に光をあて、業務のあり方やその過程で必要なコミュニケーションの視界を開いていきます。
ステレオカメラの可能性について話はつきない
[2019年3月掲載]